桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
季節はもう冬に近づいているはずだけど、カリフォルニアに冬 の気配は微塵にも感じられない。僕は今カリフォルニアで留学生 活を送っている。でも、何度雪の降らない冬が巡り過ぎようと も、あの凍えるような季節に君を想い過ごした日々を僕は忘れな い。
僕と彼女はアルバイト先で知り合った。その時、彼女は推薦入 試を控えた高校生三年で僕は大学の二回生だった。一目見ただけ で恋に落ちたわけではないけど、僕は彼女に会うたびに好意を募 らせていった。
僕達はあるレストランでアルバイトをしていた。彼女とは殆ど の勤務時間が入れ違いで、更に僕は調理場担当で彼女はウエイト レスだった。だから、なかなか話す機会もなかったけれど、僕は 少しの時間を必死で有効に利用して彼女と仲良くなった。いや、 僕がそう思っていただけかもしれない。
ある日、珍しく彼女の方から僕に話しかけてきた。「私面接、 受かりましたー。」彼女は嬉しそうに僕に入試の結果を報告し た。おめでとう、僕はにっこりとして言った。「それじゃあ、今 度合格祝いに飯でもおごるわ。もちろんこの店以外でな。」僕は 彼女に言った。彼女は少し複雑な表情を浮かべながら僕に会釈を し、厨房から出ていった。僕は相変わらず、食器を洗ったり、カ クテルを作ったりしていた。その日の会話が僕と彼女との最後に なるとは知らずに。
僕はあの時、彼女の表情から何かを読み取るべきだったのだ。
「最近彼女見ないですね。」何週間か経って僕はコックの一人 に訊いてみた。答えは即座に返ってきた。まるで既に僕からその 質問が投げかけられることを予測していたかのように。彼は残念 そうに「ああ、彼女な、この前、辞めたらしいわ。」と言った。 僕の手は瞬時に凍りついた。その日、僕は客からカクテルが不味 い、と言う指摘を二回も受けた。今までにそんなことは一度もな かった。
僕はやりきれない気持ちになった。所詮、僕は彼女の何でもな かったのだ。僕は恐れていたのだ。彼女と過ごす僅かな幸せが壊 れてしまう事を。僕は彼女に本当の気持ちを伝えたことはなかっ た。でも、それでいいと思っていた。次があると思っていた。僕 には何を言う資格もない。はっきりと自分の意思を伝えなかった 者に何の文句を言う資格などない。その時、僕は彼女に深く恋に 落ちていたことを初めて悟った。でも、もはやどうすることも出 来なった。現実問題、彼女は僕を捨てたのだ。そして現実を認め た時、僕は抜け殻になった。
ある日を境に気温は徐々に低下していった。そして、彼女の欠 落は僕の精神を確実に脆くした。道路沿いに配された街路樹はす っかり緑の葉をなくし、季節は確実に冬へと変化しつつあった。 でも、僕にとって今年の冬はそれにも増して寒い冬になりそうな 気がした。

時が経つに連れ、心の痛みも、あの憤りも消え失せていった。

君は急に消えてしまった。冬の終りに作ったゆきだるまのよう に。何の断りも無く、急に。一期一会と言ってしまえばそれまで だけど、僕に与えられた時間は余りに短すぎた。僕には何も対応 する策がなく、残されているのはいわば、神頼みと希望的観測の みだった。僕は神の存在なんて信じないし、基本的にリアリスト な人間で通っている。これは打つ手なしだな、と僕は思った。
それでも僕は待った。自分の中のリアリストな部分から何を言 われようとも。長い長い時間…。その間、次第に街はクリスマス のイルミネーションに彩られていった。そして、クリスマスイ ヴ。僕の隣に彼女の姿はない。微かな希望も粉々に打ち砕かれ、 街の空気もより酷く寒いものに感じる。大晦日が何事もなく終 り、新しい年が始まる。そのまま、何も変わらないまま、一月が 終り、二月が過ぎ去った。三月…。潮時だな、僕は思った。
僕はよくこう言う事を経験する。僕の知らない間に全てが消え てしまうのだ。僕にとっての幸せというのは雪のようなものだ。 握り締めようとすると溶けてしまい、体に降り積もるのを待って いても消えてしまう。僕はいつか、降り積もる雪を目にすること ができるのだろうか。そして、それをこの手で握り締める事がで きるのだろうか。それとも、僕にはそんな資格なんてないのだろ うか。
僕はいつも夢を見る。いつまでも変わらない笑顔を投げ掛けて くる君の姿を。僕の言葉のひとつひとつに、はにかみながら反応 するその姿を。そして、僕は永遠に続く後悔を胸に、次の一期一 会に向かって歩き始める。永遠に続くであろうその旅路を。
僕のリアリストの部分が僕を慰める。「いい女なんて星の数ほ どいるじゃないか。何時までも立ち止まってないで、先に進め よ。もう、幾ら待っても何も起きないよ。彼女は消えてしまった んだ。冬の終りに作ったゆきだるまのように。」
 
 
2001-10-27 philip
 
 
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