桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
『Tシャツにバンダナ』

まだ若かかりし二十三歳の夏。どこにでもありがちなごくごく平 凡な出会いが夏の浜辺にありました。
7月のとある休日に、クーラーも効かないオンボロ車でいざ海水 浴とばかりに、むさくるしい男ども3人で出かけたのでした。浜 辺の空いた砂地にビニールシートを広げ、クーラーボックスに冷 やした缶ビールを何本も空にしては、夏の出会いを求めて炎天下 をあちらこちらと歩き回っておりました。
幸か不幸か、ときめくような出会いの機会に恵まれないままやが て日が水平線におちていく頃、ふと息をついた我々は無性に空腹 感をおぼえ、誰からとなく一番近くにあった「海の家」へと入っ ていきました。
白いTシャツにジーンズとサンダル、おきまりの身なりとピンクの バンダナを頭に、同じ色柄のエプロンを首からさげた、どちらか といえばきゃしゃな彼女、十九歳。親戚が夏の間営むこの「海の 家」に、週末だけのアルバイトとして働いていた。決して“ドキ ッ”とするような出会いではなかったが、妙に心に残ったのでし た。
さっそく次の週末、今度は一人で海水浴ではなく「海の家」へと 「洋子」に会うために再び出かけ、幸いにもこの日を境に私たち の仲は接近していきました。
9月になりまた学校へ通いだした洋子とは、片道1時間半の道の りと私の仕事がら残業の毎日であったこともあり、週末にやっと 例のオンボロ車で彼女の街まで迎えにいくのでした。ドライブで はボロカセットデッキに彼女のお気に入り“ユーミン”がほとん どでしたが、次第に私のお気に入りの“サザン”を彼女も聞き入 れてくれるようになりました。そんな彼女の一押しは“デスティ ニー”でした。
今でこそ携帯電話でお互いの居場所がたちまち確認できるのです が、その頃はまだそんなものは出回っておらず、待ち合わせでも 幾度となくすれ違いがあり、随分と悲しい思いをしたものです。 しかし、すれ違いからお互いが相手を必死に捜し回り、もうあき らめようと思ったその時に偶然会うことができたあの感動は、あ の時代であったが故に味わえたものなのでしょう。
夏の出会いから初めての12月22日、洋子の誕生日でした。
小さい頃の家族の話もしてくれて、
「24日がクリスマスイブでしょう。だから私の誕生祝いはいつ も24日のパーティーと一緒だったんだ」
「だったらあと二日、お母さんのおなかの中で辛抱していればよ かったのに」とからかうと
「どうせ私の誕生日は24日ですよーだ」とふくれっ面をみせた ものだった。
「今年からきちんと22日の洋子の誕生日をお祝いしてあげる よ、そして24日のクリスマスイブだ」
そんな、洋子の“二十歳”の大人の誕生日でした。
次の春、卒業した洋子は保母さんとして地元の保育園で働きだ しました。社会人の新米としていろいろと体験している楽しいこ とやつらいことを、会うたびに私に話してくれました。感情を豊 かに表現する洋子でしたが、時折ふと疲れた様な表情を垣間見る ことがありました。
「あまり精神的・体力的にきついのだったら、ほかの仕事を考え たら」と言うと、
「子供がかわいいから。子供の元気で素直な顔をみると、私も元 気になるんだ」と微笑むのでした。
その年の12月22日、出会ってから2度目の洋子の“二十一 歳”の誕生日も二人でお祝いしました。
思いっきり気取って赤ワインなぞ注文したのはよいが、口当たり のよさからついつい飲み過ぎて酔ってしまった洋子。歩くことも ままならず抱きかかえて帰る夜は、昼過ぎからの雨がいつしか雪 に変わり、街中の雑音を消してまるで私たち二人だけの息づかい だけが響いているかのようでした。
もちろんクリスマスイブも。この時は食後のケーキを八個もたい らげ、笑い転げる無邪気な洋子がいました。
最後のパーティー ・・・でした。
真っ白なシーツの上で、洋子の顔には白い布が覆せられていま す。
そっと覆いをあげると、あの洋子が静かに眠っています。頭には 見慣れない色の髪の毛がきれいに整えられて。 「『この紅を最後にあてて下さいね』と洋子に頼まれましたよ」 と手渡されたそれは、洋子の二十一歳の誕生日に私がプレゼント した口紅でした。赤く輝いた唇はしかしかたく閉じたままで、私 の名を呼んでもくれません。
たった二年余りの間に二人で幾度となく笑ったり、歌ったり、け んかしたり、泣いたり、怒ったり。そしてそっと眠る全ての洋子 が、私の心の中へと移り住んだ瞬間でした。
洋子の二十二歳の誕生日まで、あとひと月余りの秋深まった日の 夕暮れでした。
今、十五年経って私は一男一女の父親です。妻が毎日長男を保 育園へ送り迎えしています。
今でも夏には、タンスから白いTシャツを引っ張り出して着ていま す。娘を飾るバンダナは、赤色です。
 
 
2001-10-19 ターキーオンザロックス
 
 
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