「幸せのため息、幸せの涙」
それは私が高校1年生のときの冬物語。
生まれつき肺が弱かった私は、よく熱を出しては肺炎になり、幼
稚園時代は入院続きの生活を送っていました。特に寒い冬には必
ず熱を出し、寝込むことが多かったんです。
私が住む街には滅多に雪が降らず、降っても2〜3年に1度ぐらい
の割合でした。せっかく雪が降っても身体が弱かった私は、ただ
ただ布団の中からしかその景色を見ることはできなかったので
す。
―その窓の向こう側は、私がまだ知らない真っ白な世界でした―
医者や親に勧められて6年間水泳に通い続けた私は、おかげで肺も
身体も丈夫になり、毎年行われる運動会やマラソン大会などでは
いつもみんなの背中ばかりを見ていたのに、みんなと走ったり思
いっきり外で遊べる、入院生活とは全く縁のない子になりまし
た。
当時バスケットボールと出合った私は、初めて本気で夢中になれ
る自分と出逢えました。私にとってバスケは生きがいでもあり
「私のすべて」でもあったんです。
中学時代、大好きだったバスケ部を引退し、何の楽しみも刺激も
ない毎日になりました。バスケを辞めてから私は昔の私とずいぶ
ん変わってしまったんです。私はバスケができなくなってから初
めて気付きました。本当に大切なモノは失くしたときに気付く
と・・・・・。
今までバスケにしか興味がなかった私に好きな人ができたのは、
15回目の冬を迎えた時でした。毎日同じ繰り返しの日々にただ流
され、ただ通り過ぎていく季節を見ていた私。いつからだっけな
ぁ・・・何もかもがうまくいかなくなってしまったのは・・・な
にをやっても楽しくない、ただ毎日時間とだけ追いかけっこして
いる中身がカラッポな自分は一体なんなんだろう・・・そんなこ
とばかり考えていました。
そんな私にもう1度夢を与えてくれたのは、私の初恋の人でした。
彼の第一印象は“何も話さす、笑おうともしない無愛想な人”。
どうしても好きになれないタイプでした。
そんな彼だけど、大好きなギターのことになると目を輝かせ、ま
るで別人になったかのように夢中で熱く語る姿は、私にとって、
とても魅力的な存在でした。彼は「俺にとってギターや音楽は自
分の活動源であって生きがいなんだ」と毎日言ってくれました。
私はその時初めて、あぁ・・・この人と私はきっと同じなんだろ
うなぁ・・・と思ったんです。私の心の支えは、彼と話すこの時
間でした。
無愛想だけど、彼はとても優しい心を持った人でした。
私がロッカーの鍵をなくした時、一人で必死に探していると、後
ろから見慣れる声が「コレ?俺の机の近くに落ちてた」とだけ言
い残し、私が礼を言う前にさっさと帰ってしまいました。「な〜
んだ、教室にあったんだー。教室ん中も探したのになぁ〜。まー
良かった。」と思っていたのですが、あとから友達に「アイツ、
さっき1時間ぐらい学校中を下見ながらウロウロしてたよ。何か落
としたんかね」と聞いて、思わず笑ってしまいました。
時には私が好きな曲をライブで歌ってくれたりもしました。
彼はよくため息をつく人でした。
その度に私は「ため息一回つくと、幸せ一個減っちゃうよ!」と
言い、その度に彼は吐いた息を吸って、「これでため息ナシ
ね!」とよく言っていました。そんな何でもない毎日を過ごして
いたある日、彼がまたため息をついたんです。私はいつもみたい
に「ため息一回つくと・・・」と言いました。彼はまた吐いた息
を吸って「ため息ナシね!」と言ってくれるだろう・・・そう思
っていたのに、突然彼はいつもとは違う言葉を残しました。
“俺には幸せとかそーいうもん、最初からないから”
私はこの言葉にすごくショックを受けました。彼に何があったの
かは今でもわからないけど、ギターを弾く時はあんなに幸せそう
な顔をする彼が、こんなこと言うとは思ってもいなかったんで
す。私は哀しい気持ちになりました。それと同時に彼のことが気
になり始めたんです。
彼には好きな子がいました。クラスの可愛い子で、彼女も少し彼
のことが気になっていたんです。二人は両思いでした。私は彼女
からいろいろと相談を受けていました。「あたし、彼が好きか
も」「どうすればいいかな?」「切ないなぁ」などと毎日私に同
じコトバを繰り返し相談してきました。私は私で自分の気持ちを
押し殺して、精一杯応援しました。どうしても二人を恋人同士に
させたかったんです。そうすれば彼はもうあんな言葉を言わなく
なるかもしれない・・・これが彼の幸せになるなら・・・そう思
っていました。けれど、私の彼への気持ちは少しずつ大きくな
り、二人が両思いなのを見て、ふと「あぁ・・・私があの子だっ
たらなぁ・・・」「あの子なんていなければ良かったの
に・・・。
2001-11-30 As Astronomical Observation
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