桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
俺の職業は歌手だ。いや、正確に言おう、売れない歌手だ。しか もギター一本持った流しの歌手。流しなんてイマドキ流行りはし ない。俺は転々としつつ、店の手伝いつまり掃除でも皿洗いでも なんでもして、やっとギター片手に歌を歌わせてもらってるよう な歌手だ。といったって、俺の歌なんて聞く客はいない。店の女 の子の尻を触ってるほうが、よっぽど、俺のギターを聞いている より楽しいのは、俺にも分かる気はする。路上でギター片手に歌 ってる若い兄ちゃんコンビを尻目に俺は、急いで店の前の道路を はき終わると、店の中に引っ込む。
冬は、きらいだ。
風邪を引きやすいし、声が出にくくなる。マスクが手放せない。 タバコをやめて数年経つがそれでもこの時期は声がおかしくなり やすい。咽喉飴代だってバカにはできない。ギターを押さえる指 もかじかむ。そうたびたびではないけれど、スチール弦で指を切 るのもいつも、冬だ。
「あの・・・榊さん?」
店の女の子だった。まだ女の子が来る時間じゃないのに。1ヶ月 前にやってきた風変わりな娘。店の客を相手にしてるより、店の 奥で支度をしてるほうが好きという珍しい娘だ。でも店の女の子 が俺に話しかけるなんて珍しいこった。俺はゆっくり頭を上げ る。
「榊さんって、ロックとかは好き?」
俺は店では演歌しか歌わないから、そんなふうな訊き方になるん だろう。
ロックなんて店では歌えない。ビートルズもストーンズもキンク スも俺が夢見たロッカー達の歌は今は封印されている。店の中だ けではない、多分俺の心の奥深くでも。
「例えば・・・ビートルズとか好き?わたし、ビートルズ好きな んだ、実は。」
店の有線では、ビートルズに良く似た曲が流れている。日本人の ロッカーがわざとビートルズを真似してるみたいな歌だ。
「ビートルズなんて・・・デビューはもう1960年代だよ。確 か・・・62年だったかな?おまえさんが生まれるずっと前だ よ」。
「そう、わたしが生まれるずっと前・・・でもビートルズは良く 聞いてたんだ。お父さんが好きでよく聞いてたから。わたしもよ く聞いていたの。ね、何か弾ける?」
「何って・・・。」
俺はビートルズなら何でも弾ける。コピーばっかりして弾いてた 頃からどれくらい時がたったというのだろう。「ロックは不良 だ」なんて言われた時代、今じゃ考えられない時代だった。でも その言葉をぐっと飲みこんで、相手の出方を待った。
「何が、いい・・・?」
「そうだなぁ・・・明るい曲がいいな、例えば『恋する二人』と か。」
『恋する二人』・・・ああ、あの『恋する二人』。あのレノンの 甘く切ないヴォイス。ちょっとファンキーなハーモニカ。思いっ きり初期のビートルズだが、なぜ彼女は恋する二人なんてリクエ ストするんだろう?誰かに恋でも?まあ、若い女の子なんだから そういうことかな?
恋する気持ちなんてどうに忘れた俺が、恋する二人をリクエスト される。
店の窓が少し湿ってきているのは、店のなかが暖かいからだけな のだろうか?
発声が演歌とは違う。何度か発声を確かめて、ハーモニカを吹き ながら、俺は歌い始める。
G…Em…D7…つき抜けるようなポップなコードが懐かしい。冬な のに声が伸びる。ギターを持つ指も血が通い出したみたいだ。
「演歌より全然いいじゃん。」
ぱちぱちぱち。彼女しかいない店の中は彼女の拍手がエコーして 聞こえた。
「駄目なんだよ、客は聞きたがらないんだよ。」
「つまんないの。すごいかっこいいよ。いつも榊さん演歌ばっか りだけど、でも実は洋楽、特に60年代のロックが好きなんじゃな いかなってずっと思ってたの」
「どうして?」
「榊さんが酔ってたときに、口ずさんでたのがビートルズの” Julia”だったから。すごく印象的だったんだ。最初曲名が分か らなかったんだけど。後でCD聞いてわかったの。わたしビートル ズっていつのまにか知ったけど、その中でもわたしは『恋する二 人』が一番好き。うまくいかないときがあっても恋っていいなっ て思わせてくれるし。」
有線から違う曲がかかった。さっきと同じ歌手だけど、歌ってい る曲が違う。ピアノで奏でる甘いメロディ。
「この曲知らないの?」
「うん。何、誰の曲?」
「新曲だよ・・・サザンの。サザンのね『白い恋人達』」
「俺にはロマンチックすぎるよなあ。」
「いいじゃん。ロマンチックだって。きらいなの?」
「いいや。」
それだけ言って後は俺の心の中でつぶやく。ロマンチックなんて ずっと縁がなかったのさ。だから気恥ずかしいだけだ。だけ ど・・・年の離れた俺だけど、今はロマンチックにお前に恋して いて、いいかい?
「わたしね、サザンも好きなんだ。やっぱり甘くて切ないから。 ちょっと渋いけどね。ねえ、聞いてる?」
これを何とかギターでコピ。
 
 
2001-10-08 眞弓
 
 
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