桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
『SNOW IN SOUTH ISLAND』


「部室で歌っていたときは暑かったのに、外に出たら寒いね。こ んな寒い日は南の島に行きたくなるよね」
「でも、沖縄でも雪が降るって話聞いたよ」
部室から続くだらだら坂をギター持って歩きながら、彼は知った かぶりに言った。
両側のポプラ並木は、木枯らしに吹かれてさざめいた。彼とは大 学の同じサークルでバンド仲間だった。部室を使って練習した後 は、同じ方向の彼と帰るのが日課だった。
「沖縄に雪かぁ、なんかロマンチックだね」
「雪が降ったって記録はないけど、雪を見た人はいるんだって」 「どういうこと?」
「気象条件的には降るはずがないのに、でも『雪を見た』って人 が何人かいたらしい。何年か前に・・・」
「それってすごいよね。降るはずがないものでも『見た』って人 が何人かいるってことでしょ。同じ幻影を見たのかも知れない し、限られた人の上にだけ本当に降ったのかも知れない」
「俺らもそういうライブしたいよな」
「え?」
「ほら、よくあるじゃん。『伝説のライブ』みたいに語り継がれ てるヤツが。あんな風にさ、その場にいた人だけがファンタジッ クな記憶を共有できるっていうの。いいと思わない?」
「そんなライブをうちらがするの?」
「そう。そんなライブをいつかしてみたい」
「うん、してみたいかも・・・」
ふぅーっと息を吐くと、白い霧が漂った。寒いはずなのに心はな ぜか温かかった。
「私、ロックも好きだけどジャズも好きなの。こういう寒い季節 にジャズバラードとか聞くとあったまるよね。ピアノメインのジ ャズバラードだったらもっと良いな。そういう曲集めたアルバム とか知らない?」
「今度探しといてやるよ」
「サンキュー」
「じゃな。ここからだったらアパートまですぐだから大丈夫だ ろ?」
「もっちろん」
「バイ」
彼はそう言うと手を振った。

大学を卒業して2年後、突然彼から電話があった。彼とは同じバ ンド仲間として楽しく学生生活を過ごしたが、それ以上の感情を 持つこともなかった。もしかしたら、楽しく音楽活動をしたいが 故に友達以上の感情を持つことを二人とも避けていたのかも知れ ない。在学中には外タレのライブなどで偶然会ったりもしていた のだが、適当に挨拶を交わす程度だった。そして卒業してから は、音楽という絆がなくなったことで、音信も途絶えていた。
そんな彼からの電話だった。
「あのさ、ジャズピアノの曲集めたテープ作ったから渡すよ」
「あ、ずーっと前に頼んだヤツね」
次の日曜日に、私は待ち合わせの場所に向かった。踏みしめる枯 れ葉が、色とりどりで美しかった。約束のテープをもらい、その 公園内にあるプラネタリウムに入った。隣で倒れた椅子に寝そべ りながら、瞬く星を見て彼は言った。
「フィリピンに行こうと思うんだ」
「え?」
「俺、うまく就職できなかったからさ。留学生の友達頼ってフィ リピンで暮らそうと思ってるんだ」
「そうなんだ。でも、?音楽は?ライブは?」
「夢だったけど、夢に過ぎなかった。それで飯が食ってけるほど 楽なもんじゃなかった」
「フィリピンには夢があるの?」
「うん。牧師になる勉強がしたくなった。もう決めたんだ」
「決めたのなら仕方ないよね。頑張って。いつか帰って来るんで しょ?」
「ああ、いつかね」
こぐま座がぼやけた。満天の星は、雪のように見えた。

あれから20年、彼からの音信はない。子供達の手もかからなく なり、私はまた少しずつ音楽を楽しみ始めた。この夏ラテングル ープのライブを見に行ったときも、「もしかしたらロビーで彼に 出くわすかも」と少しだけ思っていた。だけどやっぱり会わなか った。
今年も、木枯らしが吹きはじめた。明日は雪が降りそうなほど冷 え込んでいる。「沖縄に、もしかしたら今年は雪が降るのかし ら?」と考えながら冷たく輝く星たちを見上げる。
そして遙かに遠い南の島に思いを馳せる。
音楽を愛したあなた、神父さんにはなれましたか?雪はもう見た くいとは思いませんか?
暖かい部屋の中ではジャズピアノ曲が静かに流れていた。
 
 
2001-11-28 Snowdrop
 
 
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