あの恋は、確かに終わったものだった。
ずっとこのまま二人で生きていくのだと十七歳の私は思っていた
し、十八歳の彼もそう思っていた。でも、過ぎていく時間の中
で、二人の間の微妙なズレは次第に大きくなり、二度と近づくこ
との出来ない距離を生んでしまった。
1992年12月24日。
高校2年生の私の小遣いと、高校3年生の彼のバイト代で小さな
クリスマスケーキを買った。お菓子のサンタさんとトナカイが、
ケーキの上で『Merry Xmas』と書かれたチョコレートを持ってい
る。それは、どこにでも売っているようなありふれたケーキだっ
たが、どこにでもいるような二人には似合っていたのかも知れな
い。
夕方、私たちが向かったのは駅裏にあるラブホテルだった。私
たちはお互いの親にうそをつき、このラブホテルで夜を過ごす。
もう何度となく通った道だった。
彼は、私が初めて知る男だった。この年の夏、私は彼に体を許
した。自分のすべてを見られる緊張とあの痛みは今でも覚えてい
る。忘れられるはずはない。
コンビニで買ったサンドイッチで夕食を済ませ、別々にシャワ
ーを浴びた。備え付けのバスローブに身を包んだ私が見たもの
は、ベッドの横にある小さなテーブルの上の小さなろうそくの明
かりだった。先にシャワーを済ませた彼が用意をしていてくれ
た。
クリスチャンではない私たちがキリストの誕生を祝う日に乾杯と
いうのもおかしな話だが、「クリスマス」がただのイベントでし
かない私たちにとっては、二人でいる幸せを実感できる大切な夜
への乾杯だった。まだ酒を飲める年齢ではなかったが、彼はビー
ルの缶を開け美味しそうにのどへ流し込んだ。私にはあの苦みが
どうしても美味しいとは思えなかったが、彼の手からビールを奪
い一口だけ飲んだ。そして、ケーキに刺さったろうそくの火を、
二人一緒に吹き消した。誕生日の儀式でもないのに、でも、そん
なことはどうでの良かった。ケーキをつつきながら他愛のない話
に夢中になった。お互いの学校ではどんなことがあったのか、友
達の彼、彼女の話。彼と過ごす時間は何もかもが楽しく、幸せだ
った。
「ちょっと待ってて。」
不意に立ち上がった彼は、自分の鞄からごそごそと何か探し始め
た。クリスマスプレゼントだと直感したが、私は何も言わず、彼
が私の横に戻ってくるのを待っていた。彼は小さな箱を手に戻っ
てくると、優しく優しくキスをして
「メリークリスマス。」
と、その箱を私の手に握らせた。きれいに結ばれたリボンをほど
き箱をあけると、中にはルビーのピアスが入っていた。ピアスの
穴は開けたばかりで、ルビーは私の誕生石だ。
「姉貴の店で買ったんだ。まだ安物しか買ってやれないけど。」
照れくさそうに言う彼がたまらなく愛おしくて、ありがとうとい
う代わりに何度も何度もキスをした。
このまま時間が止まってしまえばいいと思った。家も学校も、
二人の間にある様々な存在がすべて消えてしまえばいいと思っ
た。この時の私には彼がすべてだったのだから。幸せな夜を過ご
す誰もが、大切な人を前にしてそう思うように。
ピアスの箱にはカードも添えられていた。
「みなみへ
来年のクリスマスも一緒に。
約束したよ。
俊 」
約束は果たされることなく私たちの恋は終わった。幸せな思い
出ほど、苦しい思い出になる。数年後、私は別の男性と人生を送
ることを決めた。今では一緒に過ごすことに約束などいらない平
凡な幸せの中で生きているが、クリスマスソングが聞こえてくる
頃になると、あの思い出が私を苦しめる。私の中に焼き付いて離
れない苦しい思い出が。
今の私にとって、彼は逢いたい人ではない。今更逢ったところ
で、彼とはもう終わったのだ。でも、もしも彼に願うことがある
とすれば、それは私という存在を忘れないでいてほしいと言うこ
と。ふとした瞬間に、「あぁ、こんなヤツもいたよな。」と、思
い出してくれればいい。また逢いたいなんて思わなくていいか
ら。そしたら私もあの苦しい思い出から救われるかも知れない。
2001-10-08 みなみ
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