桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
ふわふわと心が揺れて空はどんよりと曇り、冷たい風がぴゅうぴ ゅう吹いてはいるが雪が降るほど空気は湿っていない。そんな午 後は友達とのバカ話も遠ざけたいと思うものだ。ましてついさっ き「さよなら」メールを徹也に送ったばかり。ケータイの電源も オフにして、もう少し独りでもの思いに耽りたいもの・・・
こんな場合はプールサイドに行くに限る。水泳部は活動していな いし、していたとしてグランドでの筋力トレーニングである。真 冬のプールほど淋しい場所はない。水泳部女子部長の私は特にそ のことを知っている。
案の上、プールサイドには誰もいなかった。
スタート台に座り足を垂らす。もしプールの水位が夏並みにあれ ば、革靴はおじゃんになるだろう。でも今はだいぶ低くなってい る。冬でも蒸発するのだろうか・・・こんな寒い風の中に。
まるで入浴剤をぶちまけたような、澱んだ苔色をした水面には名 も知らぬ虫けらがあちこち浮かんでいる。やたら大きなしわくち ゃの落ち葉、隣接しているテニスコートから飛んできた軟球、水 に粘性があるのかいつまでも消えないあぶく。これらは春先、暖 かくなって水泳部員達が掃除するまでここにい続けるのだ。
目に快い光景ではないが、私達はつい2ヶ月前までここで泳いで いた。ギラギラの太陽のもと、大会前は一万キロを目標に練習 し、皆の体についた水滴がキラキラと輝いたものだ。まったく、 こんなにも夏と冬の落差が激しい例はそうない、と私は思う。
あんなに輝いていた夏なのに・・・
ふと、頭のイメージがプール以外の場面に切り替わる。海で徹也 とはしゃぐ私。太陽はまぶしかった、徹也はかっこよかった、誰 よりもかっこよかった、誰よりも輝いていた。
あんなに輝いていた夏なのに・・・
クラスの友達と日帰りで海へ行こうと誘われたとき、まさか徹也 を好きになるなんて思わなかったけれど、海を背景にサーフィン について語る徹也はとても凛々しかった。「おれ、サーフィンや りてえんだー。」と言う姿は、教室の中でマンガ読んでる徹也か らは想像もできないほどたくましくてシブかった。帰り道でずっ と好きだったと告白されたとき、二つ返事でOKした。
「私もずっと好きだったの。」自然にそんな言葉が口から出た。 私達は夏中輝いていた。日を追うごとにお互い好きになっていっ たし、誓ってもいいが永遠の愛を約束しても後悔はしなかったろ う。
あんなに輝いていた夏なのに・・・
夏休みが終わると、徹也はもとの学生に戻った。長袖になってか らは「サーフィン」という言葉はピントが外れているとしか思え なかったし、徹也も口にしなくなった―なんのことはない、結局 彼にとっては季節限定の夢だったのだ。そのことに気付くとます ます鼻白んだ。徹也がどんどん薄っぺらい人間に見えてきた。
出会った頃の熱さが失われるとふたりの間は急速に冷え、耐えら れなくなってさっき別れた。返事のメールを出してるのかあきら めてるのか知らないけれど、私の気持ちは変わらない。
「ごめんね、もう好きじゃないの。」

雲の切れ間からほんの少し陽が射した。きらりと水面が光る。そ のせいで、水面に漂う小虫が鮮明に見え、かえって気持ち悪くな った。波もたたない動きもしない、誰も中には入りたがらない緑 色のおぞましいプール。夏の間は汗にまみれた体を冷やすため、 部員がわれ先にと飛び込んだ場所だった。今やほんの少し触れる のさえもためらわれる。冷たい風邪にかじかんだ指には生温かく ぬるぬると感じるだろう。そう考えただけでプールサイドから離 れたくなる。
あんなに輝いていた夏なのに・・・
プールも私達の恋もおんなじなのだ。時が過ぎ寒くなると輝きを 失い光が損なわれ、誰も近づかなくなりそうな雰囲気を漂わせ る。また夏がくるとみんながわれ先に飛び込む場所となるだろ う、けれどやっぱり夏が終わると同じく誰も見向きもしないだろ う。夏に出会った私達もそうだった。夏が終わると情熱は消え る。もう輝きのかけらすら見えない。夏の恋を冬に持ち越してな んになるというのだろう。冬のプールになんの楽しみがある?ひ からびたコンクリートの上を吹きさらす風をまともに喰らうだけ だ。(現に今、私の体は冷え切っている。)冬には冬の「輝ける 場所」がある・・・
そこまで考えて私は思った。
どうして私は恋を季節物と重ねるんだろう。プールは―特に屋外 プールは―もともと夏しか使わないではないか。そんなことわか りきっていることじゃないか、私は水泳部の女子部長なんだか ら。恋人はそうじゃない、そんなこと常識ではないか。
冬には冬の恋を、私はするのだろうか。そして夏がくると夏の恋 人を、私は作るのだろうか。
無意識にケータイに手がのびて、知らず知らず電源を入れた。と たんにメールが
 
 
2001-10-07 夜のマラドーナ
 
 
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