桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
「ああ・・・今日はなんて日だ・・・」
社用車のハンドルを握りながら、そうつぶやいた。

12月、食品メーカーの営業は、この時期、とんでもなく忙し い。
今日は横浜の客先のクレーム処理をなんとかこなし、
一息ついたと思ったら、関東では一足早く雪空になった。
おかげで渋滞に巻き込まれ、足止めを食ってしまった。

ここのところの激務が堪えたのか睡魔が襲ってきた。
脇道にそれ、高台にある駐車場で車を止め、少し休む事にした。

シートを倒して目を閉じる・・・。
でも・・・眠ろうと思っても、どうにも眠れない。
自分でも、理由はわかっていた。
この雪のせいだ。

エンジンを止めた。
しんと、密閉された空気の中、静かに降る雪を見つめていた。

彼女といた景色に、どんどん気持ちが帰ってゆく。

彼女と別れた千歳の空港。
東京本社へ戻ることが決まった日の彼女の瞳。
はかなげな冬の晴れ間の陽射し。
雪明りの夜、彼女のかすかな寝息。
寒さに凍えながら、彼女がいつも待っていた旧道庁前のバス停。
寒いねって言えば、彼女は横でぎゅっと腕を絡めた。

「でもね、北海道の人間にとったら、雪はねぇ・・・」
彼女は、そう言っていたけど、
彼女のように、雪はいつも優しく包んでくれた。
彼女を見ていると、すべての気持ちが真っ白になっていく。
雪の大地に包まれているような、そんな気持ちがしていた。

車の外に出た。
港の方から吹き上げる雪混じりの風が頬を刺し、 心の奥まで痛みに変わってくる。

遠く、教会の鐘の音が聞こえる。

この街の、この風景は・・・あの頃の景色に・・・。

見上げる夜空から、無数の白い雪が舞い降りる。

幾度季節が変わっても、一度も忘れた日なんてなかった。
彼女を守りきれなかった。
距離という障害をどうしても乗り越える事ができなかった。
やるせない気持ちも、東京へおいでと言おうとした別れの日の事 も、
みんなみんな心の奥に詰め込んで、無理に遠ざけていた。

彼女に逢いたい・・・

頬を濡らすのは雪なのか、涙なのか、
もう自分でもわからない。

ふと、その時、コートの内側が小刻みに震えた。
携帯電話が鳴っていた。
その振動は、まるで暖かな小動物の鼓動のように
ぬくもりがあった。

「もしもし・・・? 鈴木さん??」

同じ課の山下からだった。

「・・・あ、あぁ。」

ふいをつかれて、返答がぎこちなかった。

「・・・なんか鈴木さん、声、変ですよ??
あ!!!今、横浜ですよね?
私も、今、終わったとこなんです!!!
あの・・・」
「どうした?」
「あの・・・今、いきますから!待っててください!!!」
「山ちゃん、あのさ、行きますからって・・・ここ・・・」

ツーツーツー・・・

電話はすでに切られていた。

山下亜希子は、5歳年下。
ドジ踏む時もあるけれど、客先にも信頼が厚く、
営業としてもかわいい存在の後輩だった。

ほんの数分後、見なれた車が駐車場に入ってきた。
車から転がるようにして、山下が降りてきた。

「どうして、ここがわかった?」
「・・・鈴木さん、覚えてないの?」
「えっ?」

「課の飲み会で、中華街で飲んで食べて、その後ここに来たでし ょう?
その時、言ってたじゃない?
雪が降ったら、この場所に来て、街を見下ろしたいな・・・っ て。
どうしても忘れられない景色があるからって」

「え???俺、そんな事言ったっけ??? うそぉ!!」
「・・・そっかぁ、酔っ払ってて覚えてないんですね・・・」

山下はうなだれたが、すぐに顔を上げて、俺の目をまっすぐ見 た。

「あの・・・鈴木さん、クリスマスの日・・・
またここに・・・一緒にきませんか?・・・

あ、あ、あのっ・・・連れてきて・・・下さい!!」

目をまんまるくさせている懸命な山下に、心が緩んだ。
真っ白な雪が、彼女の肩に、髪にふわりと降りてくる。
もう寒くはなかった。
俺の笑顔が、山下への返答だった。

「さ、会社、もどろっか」

翌朝はまぶしいほどの陽射しをたたえ、冬晴れになった。
夕べの雪も消えていた。

雪が降り積もる夜には、必ず心が帰る景色がある。
音の無い夜。真っ白に大地を覆い尽くす雪。
遠くぽつんと揺れる街灯のように、
切ないほど儚い想い。
そっと根雪の中に眠らせて・・・。

そんな冬をいくつか過ごしてきたけれど、
きっと、今度の冬は・・・

かすかな暖かな予感が、陽射しに煌いていた。
 
 
2001-11-17 とんとんみぃ
 
 
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