冬の潮風
今から20年も前、僕は小学校4年生だったころである。僕の家族
は、香川県高松市屋島のふもとに住んでいた。そもそも僕の家族
は父の仕事のため、いわゆる転勤族というやつであった。その町
に住み始めて2年目、瀬戸内もやっと冬らしくなってきたころ、ま
た父に転勤の話が舞い込んできたのである。
その当時、僕には好きな女の子がいた。今考えるとあれが僕の初
恋だったのだろう、相手はこんがりと小麦色の肌で、いつも明る
く、健康的な女の子だった。明朗快活、という言葉がまさにぴっ
たりかもしれない。僕らはいつも日が暮れるまで瀬戸内の風をあ
びながら遊んでいた。でも、そんな彼女にも当然さよならを言わ
なければいけなくなってしまったのだ。そんなに寂しいことはな
いが、せまり来る引越しの日までの時間には逆らえるはずもな
く、とうとう引越しの前日を迎えてしまった。クリスマスの3日前
のことだったように思う。このまま最後に会うこともできずにお
別れしてしまうのは悲しすぎると思った僕は、その日、彼女を誘
い出した。僕らがいつも遊んでいたあの海岸へ。僕は彼女に自分
の気持ちも伝えようと思っていた。しかし、当時若干10歳の僕に
そんなことができるはずもなく、いつものように話をして、いつ
ものように瀬戸内の夕焼けを感じ、いつものように別れてしまっ
たのだ。もう会えないかもしれない彼女に何一つ伝えることもで
きずに。
それから10年がたち、僕は大学に入った。大学の授業内容の薄
さ、教授の自己満足にがっかりし始め、自分さえも見失いかけた
その冬、僕は自分の育ってきた環境を確認すべく、旅に出た。大
阪、岡山、尾道、博多、そして高松。思えばいろんなところで育
ってきたものである。久しぶりの高松は懐かしくもあり、また、
少し都会化した様子にがっかりもした。そんな中、あの思い出の
海岸にも足をのばしてみたのである。特に何かを期待していたわ
けではない、というよりむしろ、あの時の事はとうに忘れてしま
っていたというほうが正確かもしれない。ふと、歩き出すと、一
人の女の子がそこに座っていた。僕にはそれが彼女だと”わかっ
た”。なぜだかはわからない。あれから10年も経っているの
に、僕はその後ろ姿だけでそれが彼女だとただ”わかった”ので
ある。突然懐かしさがこみ上げ、あのころの記憶がすべて覚醒
し、頭の中を駆け巡った。
僕は彼女のそばに近寄り、肩をたたき呼びかけた。彼女は振り向
き、僕の顔を見ると、突然涙を流し始めた。僕は瞬間的に悟っ
た。「アノトキ カノジョモ ボクノコトガ スキダッタ」。もちろ
ん彼女だってそのことはすっかり忘れて過ごして来たに違いな
い。でも、この偶然の再会に、過去を思い出し、懐かしさと共に
涙がこぼれたのだろう。それから、2日間を彼女と共に過ごし
た。話は尽きなかった。当然である。僕らの間には10年間の空
白があるのだから。そして、僕らが今でもお互いに愛し合ってい
ることは明白だった。僕らにとって、2日間という時間はあまり
に短かったが、人生においてもっとも貴重な2日間だったように
思う。
それから10年の間、僕らは遠距離恋愛というやつを続けてい
る。僕も28になった。今年の冬、僕は彼女にプロポーズしに行
こうと思っている。あの思い出の海岸に。
2001-11-14 yoshi
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