桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
あの頃の私達は幼すぎて、想いを伝える術を知らなかったのかも しれない。
私が陸上部に入り初めて部の練習を見学した時、彼は身長のはる か上のバーをするりと越えていた。顧問の先生が私達1年にこう 言った。「吉井は身長163cmしかないが跳躍力は人一倍あ る」。『163cm・・・』私は仲間と大声で笑う彼の姿をぼん やり見ていた。そしてその時の彼の跳躍が、学生時代私の頭から 離れることはなかった。
大会シーズンも過ぎ、基礎体力もそこそこついた1年が種目別に 分けられる時がきた。短距離が速かった私は、ほぼ短距離に決定 だろうとうつむいていると、「藤木、高跳び」と先生が私を呼ん だ。顔を上げると、仲間と話をしていた吉井が私を見てクシャッ と笑った。それから私達の物語が始まった。
私達は練習の間はほとんど同じ時間を過ごした。海が近く潮風が 強く吹きつけるグランドで、吉井はよく私に空を見せた。吉井に 呼ばれて2人で高跳びのマットの上に寝転んで見上げる空は、吉 井の世界だった。空気がキンと張りつめるような寒い日の空は遠 く高く、夕焼けの空は吉井と私の頬まで橙に染めた。吉井のお気 に入りの時間を、私は吉井と共に過ごせていた。他の部のかけ声 や、テニスボールの音、グランドをひたすら走る短距離のスパイ クの音が遠くの方で聞こえていた。
いつのまにか私は隣りにいる吉井に恋をしていた。
けれど吉井には私が入学した頃から「彼女」がいて、部活が終わ る頃になると吉井を待つ彼女の姿に私は目を伏せた。種目練習が 終わり地味な補強トレーニングになると、吉井はすっとどこかへ 消えて彼女も同じように消えていた。短くなった陽のせいではな く、冷たい潮風のせいでもなく、私の周りが淋しく静かになる部 活の終了時間だった。
ある日の放課後、部活へと急ぐ私は、同じ陸上部の女の先輩に呼 び止められた。特別仲が悪い先輩ではなかった。しかし先輩の後 ろには不安で泣く彼女の姿があった。彼女をかばい、先輩から言 い捨てられたのは、「吉井はあんたの事なんてなんとも思ってな いんだよ!」という言葉だった。驚きや苛立ちよりも先に、私は 気づかされてしまった。毎日顔を合わせ笑い、まるで兄妹のよう にじゃれあっていた私達の仲は『特別』だと自惚れていた自分。 けれどそれは「部活」が作った、ただそれだけの仲だということ に。顧問の先生の集合の呼びかけを背に、私は入部以来初めて部 活を休んだ。
それから私はただ吉井との部活の時間だけを望んだ。吉井と過ご せる高跳びのマットの上から見る空だけを。自惚れず、決して求 めず、ただ吉井のそばにいられる事をうれしく思った。
そんなある日、いつものように2人で空を見上げていると吉井が 私に「クリスマス一緒にいたい?」と言ってきた。耳を疑った。 「おれさぁ、イヴは無理だけど25日は暇だよ?」予想もしない 吉井の言葉に思わず「私も暇!」と飛び起きてしまった。あの時 の彼女の泣き顔も忘れて。
そしてクリスマスの日、私達は学校で待ち合わせをした。1階の 3年3組の窓の鍵をはずして学校に侵入した。「なんで学校?見 つかったらヤバイよ」と言う私をよそに向かった場所は、階段脇 の高跳びのマットだった。ハラハラしていた私の心がマットに座 ると不思議と落ち着いた。吉井はごろんとマットに寝転んだ。い つもの吉井。シンとした暗闇の校舎の隅。「おれさぁ、オマエを 苦しめてんのかなあ」吉井の言葉に驚くが、私はただ首を振っ た。「アイツらがオマエになんて言ったかわかんないけど、オレ がオマエといるとオマエが辛いんだよな」といつになく真面目な 吉井だった。私は何も言えなかった。沈黙を消すように吉井が続 けた。「・・・この上で空見る時ってさぁ、みんなが部活一生懸 命やってる時で、オレだけ遠ーくの流れる雲なんか見たりして、 すげー自分だけの時間の中にいるみたいになるんだけど。・・・ 高跳びやってるヤツ他にもいるのにさぁ、なんでオマエだけにオ レ、空見せたんだろう」。吉井の言葉に、吉井の中の私の存在に 涙が溢れた。吉井が彼自身の世界に私を誘い入れてくれた。そこ には吉井の私に対する気持ちがあった。「なんとも思ってない」 あの言葉で殻にこもりきりだった私の想いは少しずつ殻をはが し、胸の中で熱くなり涙に変わっていった。吉井は私を抱きしめ た。吉井の小さな体は私を包み込み、それは小さな私をやさしく 包むには充分だった。冬の校舎の寒さかそれとも緊張か、震える 私を包んだ吉井もまた、震えていた。砂ぼこりの匂いのするマッ トの上で、私達は唇が触れるか触れないかの小さなキスをした。 月日は流れ、吉井は最後の大会を終え陸上部を引退した。私にも 後輩ができ高跳びを教える立場となった。顧問の先生が連れて来 た後輩は背が高く、いかにも高
 
 
2001-11-10 ともプー
 
 
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