これは、高校三年生の頃に予備校で同じクラスだった娘に
片想いしていた時の日記です。
1994年
12月12日 月 予備校最後の授業
最後のチャンスだと思った。
条件はこれ以上ないほど最高だった。まわりには誰もいな
かったし邪魔になりそうな
ことは何一つ無かった。でも、最大の邪魔者は自分の臆病な
心だった。僕の心はプレッシャーに押しつぶされたんだ。情
けなかった。この時ほど自分を嫌いになったことはない。
12月13日
チャンスはまだあった。
彼女は火曜にも授業がある。考えた末、プレゼントに花束を
買った。値段は二千円。それが僕の全財産だった。でも2千
円分の花束はカバンにやっと入るくらい大きかったので、彼
女に受け取ってもらえるかどうか心配だった。
予備校に行って時間割表を見た。彼女が受ける授業は2限
目の英語だった。自習室で時間をつぶしていたとき、誰かが
入ってくるたびドキッとして勉強どころではなかった。一時
限目は6時50分に終わる。だから、6時30分ぐらいから
ジョージアの自販機の前のT字路で彼女を待つことにした。
とても寒い。コートの
ファスナーを一番上まで引き上げた。不格好だがあまりにも
寒くて気にならなかった。6時45分くらいだろうか。いつ
もの赤いコートを着ていないので最初分からなかったが、紺
のダウンジャケットを着た彼女がやってきた。一歩ずつ近づ
くごとに緊張が増してくる。でも今日を逃すと全財産をはた
いて買った花束の意味がなくなる。昨晩のような無様な気分
は味わいたくない!俺は男だ!それを自分で認められるため
の告白だ。今日こそ
は!と思った僕は、今にも目の前を横切っていってしまいそ
うな彼女の前に出て、「根府川さん」と呼び止めた。「は
い」と彼女は笑顔で応じてくれた。「根府川さん、俺、
ずーっと前から・・君のことが好きだったんだ。」「知って
た?」そう聞くと彼女はプルプルと首を横に振った。「だか
ら、これをもらって欲しいんだ。」僕はカバンの中に手を入
れ花束を取り出そうとした。でかすぎてなかなか取りにく
い。花束を包む包装紙はしわくちゃになっている。でも花自
体は痛んでいない。大丈夫だ。
「ちょっとボロボロだけど」と、しわくちゃの紙をはがして
彼女の前に差し出し、「これ、受け取ってくれる?」すると
彼女はうれしそうに「いいんですか? ありがとうございま
す。」と受け取ってくれた。彼女の手に花が渡るとき、彼女
の指が花をつつむセロファンを「パサパサ」と心地よく鳴ら
した。最高の幸福
と満足感につつまれた俺は「じゃあ、頑張ってね。」と言う
と「ありがとうございました」とまた彼女は言ってくれた。
そうして僕らは別れた。そしてちょっとした後、住所とかを
書いたメモを渡し忘れたことを思い出した。根府川成美は喫
茶店の前を歩いていた。その少し後ろには4,5人の男たち
が歩いている。でも今度はそんなことでは何のプレッ
シャーにも感じなかった。一分前の自分なら、おじけついて
いたに違いない。僕はその紙をポケットから取り出し、彼女
のところへ走り寄った。追いついて横顔をうかがうと、とて
も機嫌の良さそうな表情で、手に持っている花がとても成美
に似合っていた。花というのはこういう人が持つためにある
のだとしみじみ思った。僕は彼女を呼び止めた。そし
て、「これ、住所とか書いてあるから持っておいて」とその
紙を彼女に手渡すと、彼女は「あっ、はい。ありがとうござ
います。」と恐縮したように応えた。こんなのに礼を言うこ
とないのにと思ったがとてもうれしかった。彼女の後ろ姿を
見送って、その後僕は二号館へ荷物を取りにいった。階段を
上っていく自分には今までにない高揚感と力がみなぎってい
た。
まるで背中に羽が生えているのかと思うくらい身体が軽い。
そして、こう考えていた。「すごい!僕もやればできる。で
きないことなんかないんだ。たった一歩前に出て一声かける
だけの勇気があれば、僕は何だってできる。」と。それに何
よりうれしいのは彼女の優しい態度。あんなカバンに入らな
いような花束を受け取ってくれて、しかも受け取った
後にがさっとカバンに詰め込まないで大事そうに持っていて
くれたことがとてもうれしい。何もかもうち明けてすっきり
した。何もかもといっても「好き」ということだけだけ
ど・・・でも僕としては自分史上最高の思い出になった。こ
の夜の一瞬のできごとは一生忘れない。僕の人生で永遠のも
のだ。今でも自分のやったことが信じられない。でも2千円
の入っていたはずのからっぽの札入れとカバンの中の残り香
がその証拠だ。
2001-11-04 こーまっく
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