桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
時計は真夜中の2時を指していた。その日の昼から作り始めたマ フラーは、半分近く編みあがっていた。私は、ベッドの足にもた れながら、薄れていく意識の中で、編み棒とグレーの毛糸を絡ま せ続けていた。
段々と疲れてきて、軽く首を回しながら立ち上がった。そし て、分厚いカーテンをめくり、窓を静かに開けた。空気は酷く冷 え込んでいた。雪が降る前兆だ。
「明日は朝から講義か、嫌だなあ」
夜空の雲の藤紫色が少し紅がかっていた。街の明かりが眩しすぎ るためだ、と誰かが言っていたのを思いだした。その下には立ち 並ぶ新築のマンションと米屋の看板、予備校の寮がぼんやりと見 えた。点々と明かりが灯っていた。まだ起きている人間がいるの だ。私は、しきりに、ある男性のことを考えていた。今、部屋で 寝ているのだろうか。夜遅くまでパソコンに向かって次の定例会 の資料を作っているのだろうか。それとも……。
ことの始まりは、大学に入ってすぐ、あるサークルに所属した 時だった。男の人と話すことが苦手だった私は、男だらけの環境 の中で右往左往していた。そのような時に、優しく接してくれた 先輩がいた。華奢な体をしていて、子供のように笑う人だった。
その人を好きになり、悩んだ挙句、夏休みの終わりに告白した。
あっけなく振られた。その時、彼は私の手を握りしめて言った。
「お前のことは嫌いじゃない。これからどうなるかは分からな い。でも今は恋愛対象として見ていない。ごめん」
家に帰ってから大泣きしたて、彼のことを忘れようとした。
だが、皮肉なことに、大学の後期に入ってから、彼に話し掛け られることが多くなり、告白する以前よりも仲が良くなっていっ た。しかも、サークルの同じ部署に所属していた私たちは、一緒 に行動することも多くなった。切なくてたまらなかった。
ある夜の帰り道、私たちは二人で道を歩いていた。初雪が降った 後で、風は張り詰めたように冷たくなっていた。6時前だという のに道は真っ暗で、踏みしめる足に落ち葉が絡み付いてきた。彼 は、紺色のコートに包まれた背を丸くして身震いした。
「寒いな、首が冷たい。マフラーがほしいな」
「じゃ、買ったら?」
私は、わざと素っ気無く答えた。
「いや、なかなか気に入ったものが無いし、高いから……」
次の日、私は東急の毛糸売り場に走った。そこで、編み棒と毛糸 を買い込んだ。そして、マフラーを編みはじめた。気持ちは複雑 だった。
(別に付き合っているわけじゃないから、迷惑がられたり、しつ こい女よばわりされたりするかもしれない。じゃ、もう少し様子 を見ないと。でも、早く編み上げないと、彼が風邪を引いてしま うかもしれない。早く渡したい。でも……)
思考回路は絡まる一方だった。それを静めるために、ひたすら 編み棒を動かし続けた。次の日、マフラーは編みあがった。で も、タイミングを逃し続け、なかなか渡すことができないまま一 週間が過ぎた。かばんの中には、いつも手編みのマフラーが入っ ていた。
ある土曜の夜だった。サークルの後、彼は、私を女子寮の前まで 送ってくれた。大雪中、私たちは他愛の無い話をしながら小走り で道を駆け抜けた。時々、全てが雪の中に吸い込まれるような気 がした。寮の玄関まで来た時だった。
「じゃ、これで」
と、彼が背を向けた時、私の頭に突き刺すような緊張が走った。
(今しかない)
直感的にそう思った。私は、とっさにマフラーを取り出し、彼の 背中に投げつけた。彼は驚いて振り返った。
「何? 今、何かぶつけなかった?」
私は、自分のしたことに気がつくと、真っ赤になって、やっとの 思いで口を動かした。
「いや、この前さ、マフラーほしいって言ってたから、作ったか ら……やるよ」
彼は、苦笑いした。
「『やる』は無いだろう、女の子なんだから。でも、せっかくだ から、使わせてもらうよ」
そして、足元に落ちたマフラーを首に掛けると、歩いていった。 彼が見えなくなるまで玄関の前に立ち尽くしていた。時間が止ま ればいい、と思っていた。

彼に好きな女性がいることを聞いたのは、それから二ヶ月後、帰 り道でのことだった。相手は、同じサークルにいる私の友人だっ た。
「あの子のこと、お前も大切にしてくれよ」
歩きながら彼は呟いた。その日も雪はとりとめもなく降ってい た。その中で、犬のように優しい彼の目だけが浮かび上がってい た。

それから3年が経った。将来設計や卒業論文など、現実の問題に 追われているうちに、次第に胸をときめかせることを忘れてしま った。それでも、あの年の冬を思うと、今でも胸が甘い痛みに締 め付けられる。そして同時に思い出す。あの時見えたガラス玉に 閉じ込められた宝物のような景色、街は静かで、冷たくて、夜の 空は藤紫色をしていたこと。
 
 
2001-10-30 sora
 
 
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