桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
「私小説・白い恋人達」

大学の研究室につながる古い木造の階段で二人は人目を避けるよ うにして逢っていた。
石炭ストーブで煤けた窓枠から見える風景を降り続く雪がモノト ーンの世界に変えていた。いつも見慣れているはずなのに今日は まるで水墨画のように幻想的だと思った。
「ねぇ、渡辺淳一の「阿寒に果つ」って読んだ事ある?」
「あぁ、あるよ」
「死に顔が一番綺麗なのは凍死なんだって。頬も桜色に染まり生 きている時よりも美しいそうよ」
「・・・」
「ごめんね。あまり辛い事が続くとつい変な事を考えちゃって」

彼女の白く凍える息を見つめながら二人が出会った頃を思い出し ていた。
出会った時から恋に落ちる予感はあった。同時に祝福されない恋 になるだろうとも解っていた。
しかし二人は運命の糸に導かれるように自然にお互いを求め合う ようになっていた。その日から自由にあえない辛い日が続いた。 二人の出会いの代償に神様は厳しい試練をも私たちに与えられた のだった。
北国の急激に深まる秋が過ぎ雪虫が舞う季節になっても状況は変 わらなかった。明日逢えるかも知れないという希望が二人の絆を より堅牢なものにした。

郊外の人気のない喫茶店が二人がくつろいで逢える限られた場所 だった。少し傾いた年代物のテーブルを挟んで黙って見詰めあっ ていた。どちらからともなく自然に涙が溢れてきた。
暖房で曇った窓ガラス越しに外を歩く幸せそうなカップルをいつ までも目で追っていた。時間だけが無為に過ぎ去っていく。
そして沈黙の時間が熟成すると、今度は言葉の波が押し寄せてく る。頭の中の言葉の回路がショートするまでお互いの思いをすべ て吐き出すのだった。

色々な出来事が白日夢のように頭を駆け巡った。
再び煤けた窓を見た。強風に雪が音を立てて窓を叩いていた。今 夜は大雪になるだろうと思った。
「湖の見える山中で二人は次第に深い眠りにつくの。やがて天使 たちが今までの辛かった事や悲しかった事をすべて取り去ってく れるの」
「楽しかった思いでもなくなってしまうよ」
「でも天使たちは二人を祝福してくれるはずよ」
「今は辛いけど一生懸命生きていれば、そのうち周囲の人も僕た ちを認めてくれるんじゃない?」
「そうだよね・・・」
突然に雲間から一筋の太陽の光が彼女の顔を照らした。天使が舞 い降りたように思えた。伏し目がちだった彼女の瞳にわずかだが 希望の輝きが見えた。ぎゅっと抱きしめて上げたい衝動に駆られ た。
階段の向こうの研究室から石炭ストーブに乗せられた薬缶の蒸気 の音に混じって、ラジオから「いとしのエリー」が聞こえてき た。切ない歌詞が今まで以上に心に染み渡った。

近いうちに別離(わかれ)がやってくるのを現時点では知る由も なかったが、彼女の事は一生忘れないだろう。そして真冬の阿寒 湖に彼女と一緒に行くこともないだろうと思った。
 
 
2001-10-30 黄泉人シザーズ
 
 
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