桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
『THE LAST ONE WEEK』

「もうあなたの恋人でいる意味がないよね。クリスマスも一緒に いられないなんて。今夜一緒にいてくれなきゃここから飛び降り る」
風が吹きすさぶビルの屋上に俺を呼びだした女は、フェンスに手 をかけながら言った。
「好きにすればいい」俺は振り向きもしないで屋内に入り、エレ ベーターで地下駐車場まで降り続けた。車に乗り込み走り出す。 イルミネーションが光る街路樹の下で、なにやら助手席に置いて ある箱状のものに気づいた。
「なんだろ?車には鍵かけてあったから誰かが置いてくわけもな いし」
車の中に置いてあった小箱を家に持って来てよく見ると、うす紫 色の細いリボンがかけてあった。中身を取り出すとフリーズドラ イのスープのようなものが出てきた。新手のクリスマスグッズか な。説明書を読むと「これはフリーズドライ製品ですが絶対に熱 湯はかけないでください。人肌のお湯をかけてください」と書い てある。仕方がないので、それをカップに置き、ポットのお湯と 水を混ぜ、適当な温度にしてかけてみた。すると、ラベンダーの 香りを放ちながらみるみる膨らみ、小さな女の子の人形になっ た。カップの中で薄紫色のワンピースを着て目を閉じている姿 は、とても可愛かった。何気なくワンピースの裾を少しまくって みたら「何するのよ」と声がした。俺は驚きながらも「おまえ誰 だ?」とこの小さな女と話していた。
「私は愛の国から派遣されてきた愛の天使 。名前は沙雪。あな たがあまりにも愛のない人だから、ここに来て愛を育てさせてあ げようと思ったの」
「余計なお世話だよ。俺に愛があろうとなかろうとおまえには関 係ないよ」
「でも私は来ちゃったの。あなたが私を愛してくれたら私は任務 を全うしたことになるから。これから愛してね」
突然来られて愛してくれと言われても、そんなに簡単に愛せるも のじゃない。だけど俺はこの女のわがままそうなところも、可愛 らしいところも気に入ってしまった。そう思うと沙雪の体が少し だけ大きくなった。
「あなた、私を今好きだと思ってくれたでしょ?あなたの愛が感 じられると私は大きくなれるの」
「じゃあ、俺が愛し続ければ本当の女くらいになれるのか?」
「そう、時間があればね」「時間?」
「ううん、なんでもない。とにかく私は今夜からあなたと一緒に いるわ」
この可愛い天使のような女ともう少し一緒にいたい気持ちが生ま れて、いつの間にか女の寝床にできるような箱を探していた。
「あなたと一緒のベッドに寝るから大丈夫」
一緒にって・・・でも考えてみれば、こんなおもちゃのような女 に何ができるわけでもないので、俺はそれを承諾した。その日の ベッドの中はラベンダーの香りがした。今まで過ごしたどんなク リスマスイブより安らかな気持ちになれた。
次の日から俺の愛を受けてどんどん大きくなった沙雪は、大晦日 の朝には立派な美しい女性になっていた。俺はまだ触れることす らできていなかったけど。だけどその夜、沙雪は降りしきる雪を 見ながら、こう言った。「うちの国のコンピューター古ぼけてる ので、年度替わりになると派遣された天使のデータが飛ぶおそれ があるから、私、今夜の12時に帰らないといけないの。だか ら、ありがとうね。あなたには愛する心は充分にあったから私も こんなに大きくなれた。任務まっとうできて嬉しかった。これか らも愛を忘れないで生きてね」「勝手に俺の元に舞い降りてき て、勝手に帰るのか?」
「ごめんね。でもあなたに会いたかったの。空の上からあなたを 見たとき一目惚れしてここに派遣してって神様にお願いしたの」 沙雪は泣いていた。これ以上責めてもお互い傷つくだけのような 気がしたので、俺は時計を見ながら言った。
「しかたないよな。最初からそのつもりだったんなら。短い間だ ったけど楽しかったよ。俺、これから風呂に入ってくるからその 間に帰ってくれ。挨拶はいらないからな」
そして風呂場に直行した。今十一時半だから、俺が風呂から出る 頃には沙雪は消えている。それがいちばん良いと思った。
湯船に浸かっているとガラス戸の向こうに薄紫の影が揺れた。そ して沙雪がしずかに洋服を床に落とし湯船に入ってきた。
「どうしたんだ?」
「私、元の世界に帰るには来たときと同じ人肌のお湯につけても らわないと帰れないこと今、思い出したの。だから少しの間こう していさせてね」
そんな冗談はやめてくれ。このまましばらくなんていられるわけ がない。俺は静かに沙雪の手を取り体を引き寄せた。そして唇を 合わせた。もう一度きつく抱こうとしたとき、ふっと重力感がな くなった。沙雪は消えていた。
いつのまにか風呂のお湯はラベンダー色になっていた。
遠くで除夜の鐘が聞こえる。俺にとってはあまりに悲しい季節の
 
 
2001-10-29 Snow drop
 
 
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