「もう会わないんだな。」
実感が湧いてきたのは10月も半ばを過ぎた頃だった。
僕らは夏の間、毎日のように会い、食事をし、映画をみて、た
くさんの話をした。いつも二人で過ごす時間の流れは早く、たっ
た一晩の別れさえ耐えられなかったあの頃の僕らは、帰りは決ま
って彼女の家のそばにある公園で手をつなぎ、時を過ごした。
気がつくと空も明るくなり、夜という独特の雰囲気も次第に薄
れるときには、心の中で、相手の気持ちまで薄れないよう祈るこ
とさえあった。
お互いの気持ちが日を追うごとに高まっていっても、彼女には
以前から長年に渡って愛したの人との繋がりが存在し、まっすぐ
に僕だけを見てくれるようになるまでには多くの時間を必要とし
ていた。僕達が「もう会わない」という答えに辿り着いた原因の
ひとつは、そんな状況に僕が耐えられるほど強くなかった事かも
知れない。過去の思いになかなか踏ん切りのつかない彼女に対し
て、何度となく辛い言葉で責めたこともあった。大切に思う気持
ちが、楽しいと思える時間が、そんな小さい嫉妬心で徐々に汚さ
れていったからかも知れない。
彼女と会わなくなっても、助手席の背もたれは寝転んで車に乗
る癖のある彼女のお気に入りの角度で、いつでも電話に出られる
よう携帯を枕元において寝る僕の癖も、しばらくはそのままだっ
た。
太陽が降り注ぐ昼間の風も冷たくなってきた最近は、僕の働く
渋谷の街には今年のクリスマスを彩るであろうラブソングが流れ
始め、周りの気の早い友人たちの会話もイブの予定についての話
題が目立つようになってきた。「彼女はイブの夜に誰と過ごすのだ
ろう…。」そんな事を思わないわけじゃない。きっと僕だって違
う人と時を過ごす事になるだろう。
どんなに思いが残っていても僕が彼女と過ごす事はありえな
い。繰り返しても進まない、それが僕らの出した答えだったのだ
から。
思い出す事も忘れることも無理に意識せず、仕事だけを淡々と
こなしていたある日、次の得意先での約束がキャンセルとなりポ
ッカリと時間ができてしまった。普段はそんな時は一度会社に戻
るのが常だが、僕は営業車代わりに使っている自分の車を、彼女
とよく散歩した公園へと向かわせた。大きな池のある公園の、彼
女とよく話をしたベンチは、あのときと変わらぬ位置で、子供達
の遊ぶ楽しげな声と暖かそうな太陽の光に包まれていた。
――「あなたに会ったその日に、あなたと二人でいる夢をみた
よ。運命の人なのかな?」「もしそうだったら、どんなことがあ
っても最後は一緒にいれるよ。」
ベンチに腰かけ目を閉じると、あの日の会話が急に脳裏をよぎ
り幸せがあふれる午後の公園で僕一人が取り残された気分になっ
て想像もしなかった寂しさと後悔があふれてきた。
結論の出た答えに対して振り返り、修復しようとする行為は彼
女もきっと望んではいないし、同じ事を繰り返して大切な思い出
を安っぽいものに変えてしまう事は、僕もしたくはない。彼女も
今では、僕の知らない環境で様々な問題と対峙しているはずだ
し、僕も新しい発見へと自分を動かしていかなくてはならない。
ただ今は次の生活への自分自身の充電期間なんだ、そう言い聞
かせて過ごしている。反面、過去の過ちへの反省に多くの時間を
取られているのも事実だ。
無意識に手が動いていた。
黒く煤けてしまった公園のベンチに車のキーで傷をつけていく。
今の自分の後悔と思いをぶつけるように。
2ヵ月後のクリスマスイブの夜、もう一度ここに来てみよう。彼
女がもし、このメッセージを見つけてくれたら、あの日の会話を
覚えていてくれたら、きっと来てくれるだろう。
もし彼女が来なかったら、それで僕は初めて次の生活へと歩いて
いけると思う。
もし彼女が来てくれたなら、そこからもう二度と大切なものをな
くすようなことはしない。
20代最後の冬は、こんな子供じみた賭けがあってもいいや。
スーツの上着をつかんで会社へと戻る、僕のうしろには、明るい
木肌で刻まれた文字が小さく輝いていた。
「イブに待ってる」と。
2001-10-29 last winter
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