桑田佳祐/白い恋人達 あなたの冬の恋物語
 
「手袋とラブレター」

それは、高校1年の冬休みのこと。
当時、僕は親の仕事の関係で小樽に住んでおり、大阪から引っ越した自分にとっては厳しい冬の初体験でもありました。大阪弁がぬけないせいで学校では入学当初よりコメディアン扱いされ、すっかりおちゃらけキャラになってしまっていた僕にも同じ塾に通うあこがれのマドンナがいました。
彼女の名前はSさん。隣の学区の女子高に通っている子で、物静かに本を読む彼女の姿は「北の国から」の蛍のようで、まるで雪の精のごとく色が白かったのです。大阪のうるさい女ばかり見てきた自分にとっては別世界に住む女の子に感じられました。
いつものように冬期講習の授業を受け、(いつもひそかに近くの席に座るように心がけ、持っているのに消しゴムを忘れたふりをして借りたり、わざとノートを写させてもらったりする静かな攻撃は開始していた)、その日も見せてもらったノートのお礼にと缶コーヒーを2本買って飲んでいると・・・
「クリスマスも近いというのに勉強ばかりじゃいやになるよなぁ」
「そうね、Nくん小樽のクリスマスってはじめて?」
「そうだよ」
「そっかぁ、じゃ冬期講習最終日の24日は終わってからご飯食べに行こうよ」
「おぉ、ちょっとしたデート気分だねぇ」
顔は平静を装いつつも、僕の心は20人ぐらいのロシア人が手を組んでコサックダンスを踊るがごとく小躍りしまくっていました。

さてそのクリスマスイブの日、もちろん塾の講義など頭に入るわけもなく、雪がちらついているというのに新品の革靴をはいて、斜め前に座っている彼女のうなじをぼぉーっと眺めながら、授業が終わるのを待ちました。
「今日は小樽音痴のNくんを私がご案内してあげましょう!」
そんな風にダッフルコートに身をつつんだ僕達は歩きはじめ、近くの小さなスパゲティ屋でパスタを食べてから、向かったのは運河。観光客と地元のカップルが手をつないでいちゃついている中、僕らは手をつなぐどころではなく微妙な距離をたもちながら、途切れがちな会話を続けていました。なんとか間をもたそうとくだらない話をしまくり、それこそコメディアンのごとくしゃべりたおして、いいムードになんて到底なりそうもない雰囲気。それでも彼女が下を向いてクスクス笑うのが嬉しくて、寒い運河を歩きながらずーっとしゃべっていると彼女が「そうだ、いつものお礼にプレゼントがあるんだ」と突然言い出し、かばんのなかから薄い紙袋を僕に手渡したのです。
「家に帰ってからあけてね」
突然のことだったので、すっかり動揺してしまい、状況を飲みこめず「うん、さんきゅー」とだけしか返事ができないでいると、「わたし、もう帰らないと怒られるから・・」といい、「じゃーね」と走っていってしまったのです。
嬉しいのだけれど状況がうまく整理できずその紙袋をもったまま、ぼーっとしつつバスに乗り、玉手箱をかかえたような神妙な面持ちで雪振る街をぬけ、我が家につくと、真っ先に自分の部屋にかけこみ、袋をあけました。

中には紺と赤の毛糸で編んだ手袋が入っていました。そして、小さく折りたたんだ手紙も・・・
「塾ではいつも楽しい話をしてくれて、本当にありがとう。
勉強するために塾に通っているのに、いつの頃からかN君に会うのもちょっと楽しみになり、姿を見れないときはちょっとさびしくもなったりもしました。これって好きなのかなぁ?
私は中学からずーっと女子ばかりに囲まれてきたので、あんまり恋愛感情とかわかりません。でも、Nくんとちょっとおしゃべりしたりする時間はなんだかふわふわした気分で気持ちが高揚するような感じで、本当に楽しかったです。
過去形で書くのは、実は私が東京に引っ越すことになってしまったのです。お正月が目前だから今年中に引っ越すぞ、なんて両親は大変そう。
だから、Nくんと会えるのも今日が最後。もし引っ越さなかったら好きなのかどうかもちゃんとわかったかもしれないけど、なんだか中途半端な気分です。
中途半端なわたしで、こんな風に手紙を書いていても何がいいたいか全然わからないかもしれないですが、とにかく今までありがとう!手袋はささやかですが、今までのお礼です。私が作れるといいのですが、絶対に不恰好になっちゃいそうだったので、普通にお店で買いました。今までN君のおかげて、本当に楽しかったです。ありがとう!」

手紙はそれで終わっていました。彼女の家を探し出してもう一度話したい、とも思ったけど、自分の感情をどうしていいのかわからないままで、結局彼女とはそれ以来会っていません。
手袋は、あれから12年経った今でも冬になると出してきて使っています。
なぜこんな汚くなってしまった手袋を大事にしているのか不思議がる妻を横目に・・・

今もこの手袋をはめる季節が来ると、小樽の運河と雪の精が下を向いてクスクス笑う姿を思い浮かべてしまいます。

 おしまい
 
 
2001-10-05  手袋とラブレター
 
 
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