![]() |
![]() |
|
音楽は、それが鳴り響いている瞬間にこそ真実が宿る。それ以外のところでどう飾りつけようと、それはマヤカシに過ぎない。2005年のサザンオ−ルスタ−ズを振りかえる時、そのことが胸にしみる。 この一年間、サザンというバンドのなかで生れたものが、そのまま音と映像にパッケ−ジされたのが、このDVDのセットである。レコ−ディング初期段階の肩慣らし的なセッションから、スタジオ入りしての本格的な楽曲作り、アルバムのリリ−スを経て、間髪入れず、ツア−へと旅立った彼ら…。そのひとつの到達点はド−ム公演だったけど、しかしこれらのことが、“ホップ・ステップ・ジャンプ”と、段階ごとに連なっていたわけではない。ここに集められた映像を、ひとつの「物語」として観ていただければ、きっとあなたはそのことに気付くはずだ。彼らはずっと、創り続けていたのだ。 そもそもの始まりは、桑田の旺盛な作曲意欲があってのことだ。新しい曲がなければ、始まらない。そして、曲があればバンドは反応する。原や関口や松田や、そしてもはやサポ−トを越えた存在であるキ−ボ−ドの片山やギタ−の斎藤達が、各人の担当楽器を操り、“フレ−ズ”という名の意見を出し、またそこに、別の意見も加わり、楽曲は練られていったのだ。譜面で縛るわけじゃなく、その場の閃きも重視し、終わってみれば、折に触れ発表してきたシングルも含め、30曲もの作品が顔を揃えた。 その間、桑田はバンドの「現役性」ということを念頭に置いていたかもしれない。再び本格的に動きだすにしても、サザンというバンドが今、時代とどうリンクしていけるのか? POPであるということを、名実共に実践してきた彼だから、こういう時は万人には計り知れない集中力が働くのだろう。でも難しかったと思われるのは、意識すべきことと意識しなくていいことの線引きだったのではなかろうか。長年一緒にやってきたメンバ−と、どうせやるなら楽しくバンド活動したい。それは世間など意識しなくていいことだ。しかし、ただそれだけでは伝わらない…。そんな時、時代も味方した。桑田はここ一連の活動に対する取材のなかで、しばしば「常温」という言葉を口にしたが、時代もそれを欲していたのだ。 |
等身大の音を持ち寄って、それらを気持ちよく揺らすバンドの音。そして、さりげないテ−マ性の歌詞。『キラ−ストリ−ト』は、サザンというバンドが、自分たちが本来やりたいスタイル(=原点)を押し出したアルバムでもあるのに、それが今という時代の要請とも自然と重なり、軽くミリオンを越える支持を得たのだった。 自分たちも満足し、聞いてくれた人達にも喜んでもらった、そんな作品集が出来た事を、桑田は素直に喜んだ。そして、新しい曲が沢山産まれたことで、古い曲に対しても「愛が芽生えた」と、彼はそう言った。となると、ツア−が充実したのは当然のことだ。“ホップ・ステップ・ジャンプ”ではないから、ステ−ジ上でのバンド演奏は、実にこなれたものだった。初日から、今回のステ−ジはこなれていた。それもそのはず。レコ−ディングからツア−へと、轆轤(ろくろ)が止まることが無かったからだ。メンバ−とメンバ−が、ふと目線を交わす瞬間、音がさらに芳醇に響くかのような、そんな光景が各地で見られた。今現在のサザンオ−ルスタ−ズというバンドの状態を、もっとも素直に現すかのような「ロックンロ−ル・ス−パ−マン」という曲が、いつしかツア−のテ−マ曲のような座に昇り詰めていた。正調、という言い方はヘンかもしれないが、オリジナルの印象に非常に近い形で整然と演奏された「勝手にシンドバッド」も、桑田の言う「常温」イズムの現れだった。 『キラ−ストリ−ト』は、サザンの未来に確かな道を作ったアルバムだった。レコ−ディングで通うスタジオの目の前の、見慣れた通りが実は、「何処へでも行ける」、「誰とでも繋がれる」道だったのだと、まさにそう語りかけるかのようなアルバム・タイトルは、付けも付けたりだと、改めてそう思う。 小貫信昭
|
|
戻る |
|
|
|
CAUTION!:このホームページに掲載されている記事、写真、音声、映像等あらゆる素材を、 いかなる方法においても無断で複写・転載することは禁じられております。無断で個人のHP等にデータをコピーすることはできません。 Copyright(c)Victor Entertainment, Inc. & Amuse, Inc. All rights reserved. |